木佐芳男『<戦争責任>とは何か―清算されなかったドイツの過去』

著者は読売新聞の元記者で、記者らしく数多くのドイツ人研究者の元へ足を運んでいる。本書は、その豊富なインタビューを中心に進んでいく。
ドイツの戦後処理は肯定的に評価されているのに、日本の戦後処理は「誠意ある対応をしていない」と非難される。この違いは何に由来するのか。その疑問を出発点にして、次々とドイツの戦後処理の実態を明るみに出していく。
第二次大戦後、ドイツは全ての責任をナチス及びヒトラーに押し付けた。では、そのスケープゴートにされたナチスとは何か。歴史家のヘルマン・グラーザー博士によれば、ナチスとは、

「ナチズム(国家社会主義)の考え方にぞくしている者、あるいはナチ組織のメンバーというこです」(P.38)

ナチ党員は約800万人で、一般親衛隊と髑髏部隊が合わせて22万人、武装親衛隊が91万人いた。
一方、一般的には戦争犯罪に関与してなかったとされているのがドイツ国防軍である。1942年ごろの兵力は1200万人いたとされる。国防軍には次のような規則があった。

「軍人がナチ党や関連団体の催しに参加するのはかまわないが、積極的に党の方針決定や理論闘争に加わることは禁止される。ナチ党や関連団体のメンバーとなることも許されない」
つまり、国防軍人はナチ党員になれず、党活動にすすんで加わることもできないとされた。(P.41)

実際は国防軍の中にもナチズムの信奉者が多数いたのだが、ナチ党員ではなかったことを理由にナチではなかったと装い、親衛隊たちをスケープゴートにしていた。
また、国防軍も非戦闘員の殺害やユダヤ人の皆殺しなど戦争犯罪に関与していた。しかし、いくつものトリックによって「国防軍はクリーンである」というイメージを植えつけた。
一つは、西ドイツ初代首相コンクラート・アデナウアーが1952年に行った演説である。この中でドイツ国防軍の名誉が公式に回復された。なぜそうする必要があったかと言えば、冷戦により西側諸国に再軍備を求められたからである。再軍備に際して元軍人たちの力が必要であり、彼らの名誉を速やかに回復しなくてはならなかったのである。
次に挙げられるのが、元将軍たちによる自己弁護である。国防軍陸軍元帥だったリストは、ニュルンベルク後続裁判の中で、ヒトラースケープゴートにするかのような証言をしている。参謀総長だったフランツ・ハルダーは、戦後は戦史研究の指導者として、敗戦の責任をヒトラーに押し付けて自己弁護している。
ハリウッド映画も、国防軍のイメージを良くするのに役立っている。エアランゲン大学のシェルゲン教授曰く、

「ひじょうにおもしろい情報源は、1950年代以降のアメリカの戦争映画ですよ。あれを観れば、いつも、ナチス親衛隊のような<悪いドイツ人>と、ロンメル将軍のような<善いドイツ人>がでてきます。そして、はるかに多数派なのが<善いドイツ人>なんです」(P.58)

私は『史上最大の作戦』を2度ほど観ているはずだが、連合国軍の印象しか覚えてないな。後ほど第二次大戦ものを立て続けに観よう。
つまり「ナチススケープゴートにした」と言っても、当時ナチズムを信奉しヒトラーを支持していた人間は、国防軍・民間人を含めかなりいたわけであり、彼らは一部の人間に罪を押し付けて「転向」してしまったのである。
著者はヴァイツゼッカー演説を、そのようなトリックの集大成であると位置づける。1945年5月8日を「敗北の日」ではなく「解放の日」と定義したヴァイツゼッカーは、ドイツ人も被害者だったという歴史認識を、ドイツ国民に刷り込んでしまったのである。


さて、薦めていただいた『日本とドイツ 二つの戦後思想』(仲正昌樹)を読まないとね。