松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」(『文學界 2005年 七月号』)

オーバードーズ(薬の大量摂取)により精神病院の閉鎖病棟に担ぎ込まれた女性が、さっさと退院しようともがく話。女性の一人称で、文章のテンポがとてもいい。
同じ病棟で出会う女性たちも当然、精神的な病を抱えていて、主人公の明日香は「自分のオーバードーズは単なる事故で、彼女たちとは事情が違うんだ」という自負心を持っている。それゆえ周りの人々に対して距離をとっていて、軽い感じで話が進んでいく。「ちょいと不謹慎じゃないか」と思うことも多々あるのだが、それにも事情がある。
たとえば…

ドタバタコメディにしたがってるのは、多分、自分。鉄ちゃんを問い詰め、彼の本音を聞いたら、きっと夢の中の映画館みたいに、世界はグニャグニャと不安なダンスを踊り始め、夢よりも残酷な本性をさらすだろう。そんな予感がしてならない。その残酷さの責任を背負うのは、結局自分だ。今以上のシリアスは正直、容量オーバーである。
(『文學界』P.27)

つまり、自分を保つために「笑うしかない」状況なのである。
最終的に主人公は精神病院という「異界」から脱出するのだが、その結末ではまた戻ってくることが暗示されている。冒頭の夢で描かれる悪循環や、ジグソーパズルの「無限階段」もそれを仄めかしている。