筒井康隆『ヨッパ谷への降下―自選ファンタジー傑作集』

12編が収められた短編集。「傑作集」だけあって全ての作品が面白い。一口に「ファンタジー」と言ってもその中身は多種多様であって…おっと、全く同じことを「グロテスク」の時も書いたね。
「薬菜飯店」は、食べると体の悪い部分がたちどころに治ってしまう料理ばかりを出す中華料理屋の話。読んでいてこれほど食欲をそそられる文章はない。「ぐび、と、おれはのどを鳴らし」なんて書いてあって、俺も思わずのどを鳴らしたよ。とは言ってもそこは筒井先生ですから、汚い描写も同じくらい出てくるんだけど。
「法子(ほっし)と雲界」は、「夢を説き、虚構の想像力を語る」法子とその弟子たちの話。イメージとしては孔子とその弟子たちを思い浮かべてもらえばよろしいかと。
この話ではおそらく、筒井康隆の創作の核心が語られている。筒井康隆が夢をテーマに書くことが多いことを考えれば、「夢を説き、虚構の想像力を語る」法子は筒井自身であろう。本書の解説はユング派の河合隼雄であり、その点からも筒井康隆にとっての夢の重要性が窺える。
法子は夢が与えてくれるメッセージに着目し、人々の相談に乗ったり他人の夢に現れたりする。俺としてはこの他人の夢に現れる点に注目したい。
例えば、法子が軍兵たちの夢に現れる場面で…

法子たちは彼らの無意識を刺戟して、彼ら自身でさえ怖さのあまり意識せず、忘れ去ろうとしていたそれらをあばき立てたのだった。
P.74

「法子が夢に現れて無意識を刺戟する」=「筒井康隆が小説によって読者の無意識を刺戟する」と俺は感じた。
他にも「エロチック街道」「箪笥」「タマゴアゲハのいる里」「九死虫」「秒読み」「北極王」「あのふたり様子が変」「東京幻視」「家」「ヨッパ谷への降下」が収録されていて、一篇一篇長々と語りたいのだが、メンドイのでここらへんで。

ヨッパ谷への降下 自選ファンタジー傑作集 (新潮文庫)

ヨッパ谷への降下 自選ファンタジー傑作集 (新潮文庫)