花村萬月『雲の影―王国記Ⅳ』

「王国記」シリーズの第4巻で、「雲の影」と「PANG PANG」の2編が収められている。このシリーズはハードカバーと文庫でタイトルや巻数が微妙に異なるので、俺は文庫版を揃えるようにしている。
「雲の影」は主人公・朧の一人称。「汀にて」で修道院を飛び出し五島列島にやってきた朧と教子は、今も五島列島に留まっていた。2人は海を臨むベンチでセックス・宗教・過去について語り合う。この語りがとても理屈っぽく小賢しい。これは恐らく著者の狙いだろう。豊富な知識を論理的に展開する朧の語りは、言葉に絡めとられて滑稽さすら漂わせる。朧自身もそれを自覚しているのだが、教子に対して優位に立とうという気持ちから、言葉の奴隷であることをやめられない。一方教子は世間知らずで知識もそれほどないはずなのだが、ポイントポイントで核心を突いて来る。直観で本質を掴んでしまう教子に対し、朧は自分の心のうちを徐々に開陳する羽目になる。
「PANG PANG」は風俗嬢の百合香の一人称。全編に渡って性的な描写が展開されているので、それが嫌な人にはとことん嫌な作品だろう。正直に言えば、俺はこの作品を読んだことがきっかけで『文學界』を買い続けることにした。つまり、俺はあけすけな性描写を好ましく感じる性分なのである。
両作品に共通して感じられるのは、ある種の停滞感である。物語の展開が見られず、今後の伏線の意味合いが強いのではないだろうか。花村作品の魅力はセックスとバイオレンスを惜しげもなく盛り込む点と、独自の哲学・倫理学を登場人物たちに語らせる点。本作ではバイオレンスが欠けていた。また、3年前は「すげえ!」と興奮した思索の数々も、今の俺には物足りない。まあ、3年前は小説ばかり読んでたから、花村哲学がすごく賢く感じられたものです。ただ、この花村哲学は畏敬の念を抱いたり共感したりするものではなく、そこから距離を置く方がいいように思う。言葉が空転する様や、言葉に絡めとられる様にこそ着目すべき、というのかな。

雲の影 王国記IV (文春文庫)

雲の影 王国記IV (文春文庫)