大塚英志『「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義』

永田洋子が東京拘置所で書いたイラストは「乙女チック」なものであった。その絵から著者である大塚英志氏は、連合赤軍事件を新左翼的・政治的・思想的な言葉ではなく、もっと別の文脈に置いてみることを思いついた。その別の文脈とは、サブカルチャーや大衆消費社会といったものである。本書ではそのような観点から、連合赤軍の山岳ベース事件を消費社会的感受性との対決や女性性の否定と捉えなおすことから始まり、オウム事件憲法24条の「男女の平等」、少女まんがといった幅広い分野との繋がりを描き出す。どの論考も非常に面白かったのだが、ここでは山岳ベース事件の大塚流解釈に焦点を絞ってみたい。
一連の総括は、「遠山批判」から始まっている。連合赤軍のサブリーダーだった永田洋子は、「目元の涼しい美人」*1だった遠山美枝子を以下のように批判した。

夕方、訓練が終わると、ストーブの周りで雑談が始まった。この時、永田さんが赤軍派の女性メンバー遠山美枝子さんを厳しく批判する出来事が起きる。これが一連の総括要求の発端となるのである。
永田さんは「遠山さん、どうして指輪をしているの?森(恒夫)さんから取るように言われたんじゃないの?」と言った。(中略)遠山さんについては、初日の顔合わせの時に、自己紹介をごく簡単に済ませたり、他人の発言中、髪を梳かしたり、唇にクリームを塗ったりして会議に身を入れず、あたかも自分は特別の存在であるかのようにふるまっていた。
(P.12)

これは坂口弘あさま山荘1972』からの引用である。ちなみに大塚氏は、事件後に出版された当事者たちの手記を基に論考を進めている。遠山批判は政治的な思想に対してなされたものではなく、「指輪」「髪の毛」「化粧」といったものに対してなされた。連合赤軍内部では「ブルジョア的」なものを批判したつもりかもしれないが、大塚氏に言わせればこれは「女性性の否定」である。この遠山批判から1ヵ月後に、総括と言う名の粛清がスタートする。
総括によって粛清されたメンバーは12人いるが、その中に女性は4人いた。大塚氏は4人の女らしさやかわいさに注目している。4人の中で最初に粛清されたのは小嶋和子である。小嶋和子は森恒夫に批判され、総括される。大塚氏は小嶋和子を以下のように記す。

事件に関する手記の小嶋和子に関する記述を併せて読むと彼女は少女らしいしぐさや口調の女性だった印象を受ける。要するに彼女はとても「かわいい」子だったのだ。
(P.18)

続いて総括されたのが遠山である。遠山は自分で自分を殴るように言われ、自分の唇を殴り続けた。続いて森は、遠山の髪を切るように命じた。
女性として3人目の犠牲者は、大槻節子である。山岳ベースで大槻と恋愛関係にあったという植垣康博は、大槻を「かわい子ちゃん」と表現している。
4人目が金子みちよ。彼女は妊娠していた。金子みちよは永田洋子に「森さんをどう思う?」と聞かれ、「目が可愛いと思う」と答えている。大塚氏は金子のこの発言を重視している。
一連の総括で中心的な役割を果たしたのは、リーダーの森恒夫とサブリーダーの永田洋子である。森の女性嫌悪ミソジニー)は甚だしく、「生理の時の出血なんか気持ち悪いじゃん」「女はなんでブラジャーやガードルをするんや」といった発言があったという。いやはや…。つまり、粛清の根底にあったのは革命思想なんてカッコいいものではなく、女性嫌悪=女性性の否定であったと言うことだ。
「女性性の否定」の他にもう一つ、「大衆消費社会との対決」という構図があった。そこでこれまで何度も出てきた「かわいい」という言葉がカギになる。小嶋や大槻の「かわいい」と金子が森に投げつけた「かわいい」は質が全く異なる。小嶋や大槻を「かわいい」と表現する時、それは男性が女性に対して投げかける「かわいい」であり、要するに「男性支配に従順な女たち」を指し示すのである。ところが金子の投げかけた「かわいい」は女性から男性に向けて投げかけられた言葉であり、男女間の支配関係が逆転する。この金子的な「かわいい」は、70年代前半の大衆消費社会が生んだ感覚なのである。『アンアン』や『りぼん』において「かわいい」という言葉が頻出し、山梨シルクセンターがサンリオに改称し、ファンシービジネスが成長しつつあった。

モノの価値は「使用価値」ではなく「差異」に由来する記号的価値へと比重を移す。〜略〜「かわいい」の新たな語法は「記号的価値」を象徴するものだった、ともいえるのだ。
(P.29)

ここで問題になってくるのが永田洋子である。永田の中にも金子的「かわいい」感覚はあった。その証拠が拘置所で描いた乙女チックなイラストである。手記によれば、永田は女性メンバーが総括される際、何度も葛藤している。これは「かわいい」感覚=大衆消費社会と男性原理=革命思想との葛藤である。そして最終的に革命思想をとる。

いずれにせよ、永田は彼女の「内面」すなわち「心や魂」を全肯定してくれる「ことば」を求めてマルクス主義に出合い、連合赤軍に参加し、自らの「女性性」をめぐる葛藤を転嫁するかのようにリンチ殺人に加担する。
(P.54)

と言うわけである。非常に面白いのだが、5人の女性と森恒夫だけに的を絞っているため、事件の全体像は見えづらい。次は事件の全体像を掴むべく、スタインホフの『死へのイデオロギー』を読んでいく。

「彼女たち」の連合赤軍 サブカルチャーと戦後民主主義 (角川文庫)

「彼女たち」の連合赤軍 サブカルチャーと戦後民主主義 (角川文庫)

*1:重信房子『わが愛わが革命』より