森達也『「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』

「A」はオウム真理教の荒木広報副部長にスポットを当てたドキュメンタリー映画。本書は監督の森達也氏が、その撮影・編集の過程で何が起き、何を思ったのかを綴ったもの。私は映画の方を見ていないので、以下は純粋に本の感想ということで。
森氏はこの映画を撮る際、オウムの信者たちを「既成の形容詞や過剰な演出を排除して、ドキュメンタリーとして捉え」*1ることを掲げる。そして「オウムの中から外を見る」*2視点にこだわる。ここで言う「外」とは社会のことである。オウムを絶対的な悪と信じ、糾弾し続ける社会。森氏のカメラが捉えた社会は、冤罪で逮捕される信者を見下ろしながら「人間じゃねえんだからよ、こいつら。殺されても文句なんか言えねえんだからよ」「全部死刑にしちまえばいいんだよなあ」「ポアされて本望だろ」*3と人々が嘲笑う社会である。
撮影を進めるにつれ、オウムの側と社会の側に共通するものを見出す。それは「思考停止」である。

情愛を執着として捨象することを説く教義に従い、他者への情感と営みへの想像力を幹部信者たちは停止させた。〜略〜同時に「組織への従属」という、特に日本においては普遍的なメンタリティも同量にある。
そして被害を受けた日本社会は、事件以降まるでオウムへの報復のように他者への想像力を停止させ、その帰結として生じた空白に憎悪を充填し続けている。憎悪と言う感情に凝縮されたルサンチマンを全面的に解放し、被害者や遺族の悲嘆を大義名分に、テレビというお茶の間の祭壇に、加害者という生け贄を日々供え続けている。(P.176)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

*1:P.15

*2:P.50

*3:P.121