宮崎駿『風の谷のナウシカ』全7巻

風の谷のナウシカ』全7巻を読了。アニメージュコミックス・ワイド版は脆いから、1・2巻はもうボロボロですよ。でも愛蔵版は高いですからね…
私は散々「ナウシカは漫画版のほうが面白い」「漫画版を読むべきだ」と周囲に吹聴してきたんですが、今回読み直して初めて気づいたことがたくさんありました。つまり、表面的な雰囲気や断片的な面白さだけで、友人達に薦めてきたということになります。反省。この2〜3年、文字に対して神経質になりすぎて読むのが遅くなっていて、それが悩みの種だったわけですが、速く読めていた頃はその分だけ理解が浅かったんですね。
前フリはこのくらいにして。毎度のようにネタバレですから、読んでない方はご注意あれ。
映画版の内容は漫画版では2巻の途中までの内容であり、ほんの序章に過ぎない。映画版ではトルメキア、ペジテ、風の谷の三つ巴だったが、漫画版ではトルメキア王国vs土鬼(ドルク)諸侯国という構図になる。しかも両陣営とも内部では熾烈な権力闘争が繰り広げられている。私は権力闘争を眺めるのが好きな人間なので、ここは細かく見ていきましょう。
まずトルメキアサイド。王国を統べるのはヴ王であり、3人の息子と1人の娘(クシャナ)がいる。トルメキアは王位をめぐって親殺し・子殺しも厭わぬ家柄で、今回の土鬼との戦争もその延長線上に位置していた。クシャナは自分が育てた、トルメキア最強と謳われる第3軍を兄たちに奪われ、腐海を南進するように命じられていた。これはクシャナを陥れるためにヴ王が仕組んだ陰謀であり、参謀のクロトワはヴ王に派遣されたスパイでもあった。クシャナは美人で頭がよく、冷酷そうに見えても自分の兵士達には愛情を注いでいたため、兵士からの支持が非常に厚かった。クロトワ曰く「おやじや兄どもがクシャナをおそれる理由がわかるぜ。全トルメキア軍の中でもこれほど兵に支持される奴はひとりもいねえ」(3巻P.73)。また、クシャナの母親は

お妃さまはクシャナさまの身代わりに盃をとられたのです。父王さまが賜れた祝いの酒には毒が盛られておりました。心を狂わせる怖ろしい毒が(4巻P.82)

ハムレット』のラストシーンを思わせる。
続いて土鬼サイド。土鬼では皇弟と皇兄が神聖皇帝の座をめぐって争っていた。まず上り詰めたのは皇弟。超常の力を持っていた彼は、僧会を利用して土着の宗教を弾圧。墓所の技術を利用して、蟲や粘菌を兵器として使用した。しかし、皇弟が弱った隙に皇兄が弟を殺す。何十回という手術に耐えた彼は不老不死の肉体を手に入れ、僧会を排除し、ヒドラを従えた。
これらの権力闘争はギリシア神話、中世のヨーロッパなどを思わせる。あまり詳しくないのでイメージでしか語れない。ううむ、今後の課題である。
お次はナウシカについて見ていく。ナウシカのモデルは私が推測するまでもなく、1巻の巻末に宮崎駿氏自身が次のように書き記している。

ナウシカは、ギリシア叙事詩オデュッセイアに登場するパイアキアの王女の名前である。
〜略〜
ナウシカ――俊足で空想的な美しい少女。求婚者や世俗的な幸福よりも、竪琴と歌を愛し、自然とたわむれることを喜ぶすぐれた感受性の持ち主。
〜略〜
ナウシカを知るとともに、私はひとりの日本のヒロインを思い出した。たしか、今昔物語にあったのではないかと思う、虫愛ずる姫君と呼ばれたその少女は、さる貴族の姫君なのだが、年頃になっても野原をとび歩き、芋虫が蝶に変身する姿に感動したりして、世間から変り者あつかいされるのである。
〜略〜
私の中で、ナウシカと虫愛ずる姫君は同一人物になってしまっていた。

腐海あそびが過ぎる姫さま、蟲とコミュニケーションを取る姫さまは、まさに「蟲愛ずる姫君」である。他にも神話を探せば、ナウシカのようなキャラクターが幾つか見つかるかもしれない。また、神がかりの少女が戦争を終結に導いたという点で、ジャンヌ・ダルクを想起させる。
ナウシカと触れ合った者たちは、立場の違いを越えてナウシカに魅力されていく。アスベル、クシャナ、クロトワ、僧正、チヤルカ、蟲使い、ミラルパ、ヴ王などなど。敵対していた者たちが、ナウシカを通して繋がっていくのである。この魅了されていく過程は、序盤のテトを手なずけるシーンに端的に表われている。ナウシカは威嚇するテトに対して自分の手を差し出し、噛ませる。噛まれても決して動揺しない。「おびえていたんだね。でももうだいじょうぶ」と呟く。テトはナウシカの手の傷口を舐め、以後ナウシカと旅を供にする。
ただの優しさとは違う、「強さを孕んだ優しさ」とでも言えるだろうか。敵意を向けてくる相手は、怯えを隠すために強がっているか、憎悪に駆られているかのどちらかである。そのような相手に対し決して怯まない。相手を受け入れることで相手の恐怖を和らげる。それが叶わぬときは誇りを賭けて戦う。7巻でヴ王が「お前は破壊と慈悲の混沌だ」と言うが、それは上記のような優しさと強さのアンビバレンツな状態を表現しているのだろう。蟲を見ると恐怖に駆られて撃ってしまうトルメキア兵や、憎しみで眼を曇らせた土鬼戦士と比較するとよりハッキリする。ケチャの「だめだ、みんなとてもナウシカのようにはなれない」という言葉が響く。
好きなシーンを2つ挙げよう。一つはクシャナ軍が、サパタの土鬼軍の包囲壕を突破し、攻城砲群を壊滅する場面。クシャナの知略、ナウシカの機転、第3軍の強さが存分に発揮されたスピーディな場面である。クシャナが「第3軍は神速の機動攻撃を旨とする機甲集団」と言うだけのことはある。
もう一つは、ユパ様が死ぬシーン。無益な戦闘を避けるため、片腕を失ったユパが身を挺してクシャナを守る。ここは何度読んでもジーンとする。腐海一の剣士・ユパとトルメキアの白い魔女クシャナは、ナウシカに劣らず魅力的なキャラクターである。
腐海の真実と墓所についても書きたかったのだが、長くなってしまったのでこの辺でお仕舞い。
漫画バージョンを映像化してくれないかな…


ナウシカについて書かれた本は、稲葉振一郎ナウシカ解読』くらいしかないのかな。
どなたかオススメの参考文献はありませんか?

風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 2 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 2 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 3 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 3 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 4 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 4 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 5 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 5 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)

風の谷のナウシカ 7

風の谷のナウシカ 7